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金曜日更新のおはなし

Joseph Maurice Ravel 〈 Jeux d'eau 〉 モーリス・ラヴェル「水の戯れ」

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 こんにちは、ねむろえみです。今日から私の好きな作品や関心あるもの、おすすめしたいものを書く予定です。当面は水に関するクラシックの音楽、主にピアノ曲について書くつもりです。理論的なことより、感覚的なことを主観的に語るのが中心になるので、気楽に読んでいただけると幸いです。

 

私とラヴェル「水の戯れ」との出会い

 この曲を私が初めて耳にしたのは、多分中学生の音楽の授業でした。「今日はクラシックをみんなで聴いてみましょう」というような話の中で出てきた音楽だと思います。教科書にも載っていました。音楽室の後ろに並ぶ作曲家の中にはいなかった気がします。(ちなみにドビュッシーはありました。)中学生の私は、ピアノ曲が基本的に好きだったので、始めから興味を持って聴くことができました。最初の印象としては、「なんだか聞いたことのないような響きのする音楽だ」と思いました。流行のJ-POPも洋楽も、クラシックなら古典ロマン派の楽曲なども多分少しずつは聴いていたのですが、ラヴェルのような音の響きのする音楽は初めてでした。水がきらきらしている感じがして、すごく綺麗な音楽だとその時感じました。

 

音楽の聴き方がよく分からない

 音楽の聴き方は多様ですよね。あなたはどんな聴き方をしていますか。曲によってその聴き方を変えることはありますか。私はクラシック音楽の聴き方は難しいなと思うことがあります。基本的には感覚的でいいと思っていますが、背景を知ると、より面白く聴けたり、良さを再度発見できたりするために感覚だけで楽しむのはもったいないと感じることがあるのです。楽譜を読んだり、アナリーゼしたりしてみると、作曲者の創意工夫や、すごいなと思う部分が見つかることがあります。その中で、例えばタイトルがはっきりと今回のように「水」をモチーフにしたと考えられる音楽は水っぽさとは何か考えながら鑑賞しますよね。では「作品○○-○」みたいな音楽はどう鑑賞したら良いのでしょう。そもそも、先ほどの水のイメージを抱きながら鑑賞する方法をとると、見えてくる世界が制限されるのではないでしょうか。

 鑑賞者には鑑賞の自由が与えられていると私は思います。どんな風に鑑賞してもいいし、合わないなと感じたら鑑賞しなくてもいい。だから何が正解かという問いはあまり重要じゃないのかもしれないです。でも、作り手の望みや批評家の話はその限りではないかもしれませんね。「失恋ソングを聴いて、感傷的な気分に浸る」というような情緒に偏った聴き方をするのはどうなのか。音楽を文学のように聴くことは音楽そのものの可能性や発展性を挫くことになるのではないか。そんなことを考えた経験が私にはあります。背景を知ったり、理論を学んだ上で分析的に聴いたりするといったことが、もし音楽を楽しむことの妨げになるのならやるべきではないと私は考えるのでしょうけど、音楽の良さが多面的に見えてくるからやめられないのです。ただ、知識を獲得することで、音楽の世界が閉鎖的になってしまうのなら、やっぱりそれはよくない。その辺りのことを考えながら、多くの人が音楽を、そして芸術作品をよりよく鑑賞していただければと切に願っています。私は「この作品はどんな鑑賞の仕方をすると面白いのだろう」、「これは書くべきことなんだろうか」と迷いながら、好きな芸術作品について書くのだということを最初に伝えておきます。

 

不思議な響きについて

 印象主義と称される音楽には、なんともいえない音の響きが多く登場します。もちろんこれは、作曲家が意図してやっていることですが、どうしてそういった音の響きが登場したのでしょうか。ちょっと時代背景を覗いてみましょう。

 フランスの音楽はバロック期から19世紀半ばまで自国の名作曲家がほとんどいませんでした。そんな中、1871年に「フランスにもドイツに負けない正統的な器楽文化を作ろう」という名目で国民音楽協会が設立されます。国民音楽協会は、ドイツ音楽の主流となっているソナタ形式やフーガ、交響曲弦楽四重奏曲を導入しようとし、ドビュッシーを代表とする印象主義と称される作曲家たちはそれをベースにしてフランス音楽独自のアイデンティティの構築を目指しました。

  ラヴェルの「水の戯れ」の場合、形式はドイツ音楽の主流でもあるソナタ形式ですが、第一主題の和声を見てみると、従来のロマン派的な3度堆積ではなく、4度音程や5度音程を用いていることが分かります。他の部分でも古典っぽさも継承しているところがあり、それでいて新しい表現を目指していることが全体を通してうかがえます。

 先ほど示したように時代背景ももちろん関係はあるのでしょう。しかし、そもそも芸術は新しい発見や、馴染みのあるものごとから何か再発見をして、新たな表現に繋いでいくことが一つの目的だと考えます。つまり、従来の表現に満足せず、新たなことへ挑戦することが大事なので、それまでの表現を尊重しつつ、新たな美の構築を目指すのは自然な流れだと私は思います。

 理論的な詳しい話はさておき、冒頭の1小節目2小節目の音の響きを聴くと、ラヴェルらしさを感覚的に捉えることができると思います。「良いな」「綺麗だな」と私が思える箇所はいくつかありますが、やはり始めの1、2小節でぐっと心を掴まれた記憶があり、繰り返し聴いても印象的なモチーフだなと思えます。曲を知った当初、つまり和声をよく知らない時に「どうしてこの曲はこんなに美しくて耳に残る音楽なのに、頭の中で再現したり、鼻歌で歌ったりすることができないんだろう」と不思議でした。輪郭があるようでないようなところが掴めるようで掴むことのできない水の流れのように感じられて良いなと思いました。

 

〈 Jeux d'eau 〉 の直訳は噴水?

 この曲を聴いて勝手に想像していたのは小川の流れのようなものだったのですが、どうも原題から察するに噴水の水の動きの描写なのではないか、と後から気づきました。(次から次へと表情を変える水の流れの描写という意味では遠くはないのですが。)

 「水の戯れ」について調べてみると、通常は「噴水」と訳すらしいということが分かりました。フランツ・リストの曲に「エステ荘の噴水」〈Les Jeux d'Eaux à la Villa d'Este〉があります。もしかしたらこの曲に対するリスペクトの意味でつけられたタイトルなのかもしれません。

 

好きな演奏者

 クラシックで面白いのは、演奏者によって音楽の印象が違って聞こえるところだと思います。ラヴェルピアノ曲ドビュッシーの次に好きだったので、手当たり次第著名なピアニストの演奏を聴いてみました。良し悪しではなく、これは完全に私の好みなのですが、ラヴェルはルイ・ロルティの演奏が好きだなと思います。曲によってまた変わってくるのですが、色彩豊かな表現でありながら、あまりテンポを変えるべきでないと思う箇所のテンポを崩すことなく弾いているのを聴いて、良いなと感じました。ラヴェルは弾きながら書いた感じがしないので、時にメカニカルな印象を受けるのですが、それをほとんどそのままメカニカルに体現している奏者と、そうでない奏者がいて、ロルティは部分部分で後者かなと感じます(詳しく伝えるのが難しいので割愛しますが、結果的に後者っぽい感じがしました)。良くも悪くも細かな部分でいろいろな動きや色を感じ取ることができます。ラヴェルピアノ曲集のCDを出していることもあって、録音環境も良く、まとめて聴ける手軽さからしてもロルティは良いと思いました。

 

音楽と絵画と水

 音楽は時間芸術といわれます。そして水の流れも時間と共に変化するため、音楽と水の流れは相性が良いのではないでしょうか。絵画も印象派期になると、画材の発展により、光に溢れた色鮮やかで華やかな表現が可能になりました。光を反射する水は、やはりよいモチーフになったのだと思います。音楽だけでなく絵画にまで水の表現が印象派の時代に多く残されたことは、偶然なのか定かではありませんが、そんな水の描写の多い印象派の芸術には私は甚く惹かれるのです。

 

余談

 メモ代わりに自分のために残しておきたいことがあります。誰かがラヴェルは縦の動き、ドビュッシーは横の動きが云々という話をどこかで耳にしたことがあり、それが何なのか気になりながら意味があまりよく分かっていません。縦の動きというのは和声のことで、横はリズムやスケールといった話なんでしょうか。ラヴェルドビュッシーは比較されることもしばしばあるのですが、私には近い時代を生きた二人であるとはいえ、何をどう比較したら良いのか見当もつかないままです。ただ、勝手なイメージとしてラヴェルの音楽を聴いていると孤高な感じがしてくるのに対し、ドビュッシーの音楽はいつも人の気配がなんとなく感じられるなと昔から思っていました。彼らのことを調べたときにやや納得したのですが、それでもどうして音楽がそのように聞こえたのかは分からないままです。

 

 今回はラヴェルの「水の戯れ」について書いてみました。改めてこの曲を聴いて何か感じていただけたら幸いです。抱くのは何ともいえない感じで構わないのです。言葉にできなくてもいい、むしろその言い淀みの中に重要なことが潜んでいるかもしれません。私にとって重要なのは、各々の気づきや再発見があるかどうかということなのです。

 次回はフランツ・リストの「エステ荘の噴水」について書く予定です。ではまた。

 

参考

楽譜

Jeux d'eau (Ravel, Maurice) - IMSLP: Free Sheet Music PDF Download

音楽 (Performed by Jean-Yves Thibaudet)


Ravel - Jeux d'eau, Sheet Music + Audio