縷紅草~ルコウグサ~

金曜日更新のおはなし

シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇 虚構の価値と魂のルフラン

 

本記事は『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』のネタバレを含む箇所がございます。あらかじめご了承ください。

 

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エヴァンゲリオンが終わったー

 

ひとつのアニメ作品が完結したというだけでこれほど騒がれているということは、アニメに興味がない人からみると異様なことなのかもしれません。私自身は1995年生まれです。当時放送されていた『新世紀エヴァンゲリオン』を新鮮な感覚で鑑賞した世代の人々と比すれば、この事件から受けた衝撃の度合いは低いのかもしれません。しかし、そんな私でさえ『シンエヴァ』を観た後の感傷はかなり深いものでした。今回はその事件的作品と私の好きな詩人との類推から得た感想を述べようと思います。

 

  • 運命とは何か テーマソングから見えるもの

 

残酷な天使のテーゼ 少年よ神話になれ

 

エヴァを象徴するような歌詞であることは周知のことでしょう。テーゼとはドイツ語で定理、命題を指します。哲学用語ではありますが、本作においてはどのような意味合いを持ちますでしょうか。「天使」と聞いてみなさんが思い浮かべるのは「使徒」でしょう。とても「天使」とは思えないビジュアルで描かれている「使徒」ですが、そこには悪魔と天使は表裏一体であるという世界観が透けてみえているのではないでしょうか。

 

ご存知のとおり、エヴァの世界観は一神教における聖書がベースとして敷かれています。「使徒」は神からの「言葉」を人間に伝えるべく天界から遣わされた者なのかもしれません。その「言葉」とは一体なにか。

 

「人類は使徒によって滅ぼされる」

 

これこそが「残酷な天使のテーゼ」でしょう。人類は神の力をコピーし「汎用ヒト型決戦兵器 人造人間エヴァンゲリオン」を作り上げ、使徒にあらがいます。(詳しくはわかりかねますが、神の力に手を出した人類の罪に対する審判こそが使徒の襲来なのかもしれませんね)主人公「碇シンジ」は、意せずして人類の命運を背負わされ、エヴァ搭乗者として使徒の前へ躍り出る。「少年よ神話になれ」とは彼の運命を示しているのでしょう。

 

しかし、当然ながら主人公「碇シンジ」は自らの運命に苦悩します。人類が滅亡という運命にあらがうのと同様に、彼も自らの運命にあらがいます。「逃げちゃダメだ!」と「嫌なことから逃げ出して何が悪いんだよ!」という相反する自身の言葉に、彼は引き裂かれていきます。引き裂かれるのは彼のみならず、「チルドレン」と呼ばれるエヴァ搭乗者「式波・アスカ・ラングレー」等も様々な言葉と現実の間で精神が引き裂かれてしまうのです。

 

そんな悲劇を見せられた私たち視聴者はもれなくこう思ったに違いありません。

 

「アニメ作品を観ているのに、どうしてこんな残酷な話を見せられているのか」

 

この疑問についても、今後考えていくことになると思います。

 

 

私に還りなさい

記憶をたどり

優しさと夢の水源へ

 

もいちど星にひかれ

生まれるために

 

魂のルフラン

 

傷ついた友達さえ

置き去りにできるソルジャー

あなたの苦しさを

私だけに つたえていってほしい

忘れない 自分のためだけに

生きられなかった淋しいひと

私があなたと知り合えたことを

私があなたを愛してたことを

死ぬまで死ぬまで誇りにしたいから

冷たい夢に乗り込んで

宇宙に消えるヴォイジャー

いつでも人々を変えるものに

人々は気づかない

行く先はどれくらい遠いの

もう二度と戻れないの

 

『シンエヴァ』の劇中歌に松任谷由実さんの『VOYAGER〜日付のない墓標〜』が使用されたことは大きな話題になりましたね。

 

エヴァのテーマとして欠かせない言葉のひとつに「愛」があります。作中で何度も「愛とは何か?」という問いかけがなされているからです。

 

本作において人類は「リリン」と呼ばれる存在として位置づけられています。ユダヤ教の伝承では、アダムの最初の妻リリスから生まれたとされる悪魔の名が「リリン」です。リリンの母にあたるリリスは「知恵のある女性の象徴」とされたり「夜の魔女」と呼ばれたりしています。

 

「リリンは知恵の実を得た不完全な存在である」というのがエヴァの世界観と考えられます。リリンは不完全であるために単独では生きていけず、常に自らの欠陥を「補完したい」と欲する存在だとされているのです。

 

「愛」は不完全なリリンが他者との繋がりを求める際の根源的な力として働いているものと考えます。人間が元来は完全な状態にあったとするならば、この世に生まれる以前に戻りたいと願う心は、この「愛」の力に引かれていると考えることも可能です。とすれば、本作において「エヴァ」は「母の愛」の象徴だと捉えることもできます。実際、主人公碇シンジエヴァ搭乗時に精神的な安息を台詞にして語っています。

 

ここで「愛」は「死への欲求」とも捉えることができることにお気付きでしょうか。旧劇場版エヴァンゲリオン劇中歌『甘き死よ、来たれ』にも象徴されているとおり、死んでしまうことであの世に行けるのだとしたらそれは「susser Tod」、より完全な状態へ昇華して安息を得ることに他ならないのではないでしょうか。

 

エヴァの大きな謎のひとつ「人類補完計画」とは、碇ゲンドウの「愛への渇望」と奇怪な一致を示し、作中にて様々な儀式を経て遂行されていく人類の償いであり、罪過の繰り返しでもあります。

 

孤独に闘う戦士に訪れる死は「もう戦わなくていい」という愛と赦しの言葉であると共に、その魂を得体の知れない「あの世」という場所に縛りつける呪いと断罪の墓標でもある。祝福と呪詛は一体にして、繰り返される破壊と再生の預言といえるでしょう。これはいわば終わりのない「魂のルフラン」なのかもしれないですね。

 

『シンエヴァ』で好きなシーンを挙げろと言われたとしたら、私は「葛城ミサト式波・アスカ・ラングレーの特攻シーンだ」と答えます。特にアスカは個人的に感情移入してしまうキャラクターなので、彼女が命をかけて敵に飛び込んでいくシーンで私の心は浄化されるのです。

 

母の愛を充分に受けられずに育った彼女もまた、欠落した何かを渇望する存在として登場します。自らの存在意義を軍隊という組織に預け、唯一無二の存在として認められたいという一心で成績トップを取り続けてきた彼女。人類の存亡をかけた作戦に身を投じて死するということは彼女が常に望んできたことなのでしょう。鑑賞中「おバカさん」という甘い囁きに涙を流したのは私だけではないはずです。

 

 

先日、NHKで放送されたドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀庵野秀明スペシャル~」をみなさんはご覧になりましたでしょうか。アニメーションスタッフが仕上げた仕事をみて、何度もやり直しの指示を出す監督 庵野秀明の姿はとても印象的でした。あまりに酷な絵コンテからのやり直しの判断。どうして彼はそのようないたずらにも思える判断を繰り返すのでしょうか。

 

私はそのような行為こそが、彼の作劇法だからではないかと考えるのです。言い換えれば、そのような方法でこそエヴァンゲリオンという世界は作られるのだということです。

 

創る、壊す、の繰り返し。出来てきた世界を批評し、さらに庵野秀明の内部にあるイメージに近い世界観へ描き変えていく。そうして完成したものでさえ批評して破壊していく。破壊されて露出した内部にこそ本質がある。庵野秀明の哲学はそういったものなのではないでしょうか。だから壊す。何度でも創っては壊していく。さて、ここで先程の疑問にも答えが見えてきます。

 

「残酷な世界をどうしてわざわざ見せられなければいけないのか」

 

答えは、それこそがエヴァンゲリオンという作品、そして監督 庵野秀明の作劇の本質だからでしょう。キャラクター造形、メカデザインから世界観の設定まで、それらをことごとく破壊しないことにはエヴァンゲリオンという作品は生まれてこないのです。逆説的に聞こえるかもしれませんが、エヴァンゲリオンという作品自体が「作品を破壊する」という理念のもとに作られた物であるからなのです。

 

こういった考え方は独特ではあるかもしれませんが、特別に斬新というわけではありません。芸術の世界には似たような考え方があります。象徴主義、耽美主義から派生した退廃主義、デカダンと呼ばれるものです。フランスのボードレールランボーヴェルレーヌ、イギリスのオスカー・ワイルドなどが代表的な作家です。

 

私の好きな詩人の中原中也は特にランボーの影響を受けて詩人を志したといいます。中原中也の詩を一篇、ここに引いてみます。少し長いですが、作品を尊重してそのまま引用します。

 

盲目の秋

   Ⅰ

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限の前に腕を振る。

その間、小さな紅の花が見えはするが、
  それもやがては潰れてしまう。

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまえに腕を振る。

もう永遠に帰らないことを思って
  酷薄な嘆息するのも幾たびであろう……

私の青春はもはや堅い血管となり、
  その中を曼珠沙華と夕陽とがゆきすぎる。

それはしずかで、きらびやかで、なみなみと湛え、

  去りゆく女が最後にくれる笑いのように、
  
厳かで、ゆたかで、それでいて佗しく
  異様で、温かで、きらめいて胸に残る……

      ああ、胸に残る……

風が立ち、浪が騒ぎ、
  無限のまえに腕を振る。

   Ⅱ

これがどうなろうと、あれがどうなろうと、
そんなことはどうでもいいのだ。

これがどういうことであろうと、それがどういうことであろうと、
そんなことはなおさらどうだっていいのだ。

人には自恃(じじ)があればよい!
その余はすべてなるままだ……

自恃だ、自恃だ、自恃だ、自恃だ、
ただそれだけが人の行いを罪としない。

平気で、陽気で、藁束のようにしんみりと、
朝霧を煮釜に塡(つ)めて、跳起(とびお)きられればよい!

   Ⅲ

私の聖母(サンタ・マリヤ)!
  とにかく私は血を吐いた! ……
おまえが情けをうけてくれないので、
  とにかく私はまいってしまった……

それというのも私が素直でなかったからでもあるが、
  それというのも私に意気地がなかったからでもあるが、
私がおまえを愛することがごく自然だったので、
  おまえもわたしを愛していたのだが……

おお! 私の聖母!
  いまさらどうしようもないことではあるが、
せめてこれだけ知るがいい――

ごく自然に、だが自然に愛せるということは、
  そんなにたびたびあることでなく、
そしてこのことを知ることが、そう誰にでも許されてはいないのだ。

   Ⅳ

せめて死の時には、
あの女が私の上に胸を披(ひら)いてくれるでしょうか。
  その時は白粧(おしろい)をつけていてはいや、
  その時は白粧をつけていてはいや。

ただ静かにその胸を披いて、
私の眼に副射していて下さい。
  何にも考えてくれてはいや、
  たとえ私のために考えてくれるのでもいや。

ただはららかにはららかに涙を含み、
あたたかく息づいていて下さい。
――もしも涙がながれてきたら、

いきなり私の上にうつ俯して、
それで私を殺してしまってもいい。
すれば私は心地よく、うねうねの暝土(よみじ)の径を昇りゆく。

 

私はエヴァンゲリオンという作品に、この詩と似た詩情を感じます。何かを犠牲にして、時には自分自身をも犠牲にして望みを叶えようと物語を進めていく登場人物たち。流れるレクイエムは祝福か呪いか、その見分けさえつきません。しかし散っていくその姿は言葉を失うほどに美しい。ひとの心は孤独で脆弱で、いつも何かを渇望しています。器を失って露出した心は、凶暴で、残酷で、非情な姿を見せる。それは同時に、穏和で、慈悲深く、愛情に溢れてもいる。そんなアイロニカルな人性の本質を肯定することこそが、今回の『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』で描かれたテーマではないでしょうか。

 

中原中也庵野秀明と似たような方法論で、表現(expression)を突き詰めようと試みた詩人でした。表現する対象を潰して中身を露出させ、本質を観察し描写する。解剖学の発展が美術の発展を伴ったように、デカダン派の血脈を受け継いだ表現者たちは、対象が眼前に表れるとそれを破壊する衝動に誘われてある種の狂気と見える世界へと入っていったのでしょう。虚構の世界が私たちの代わりに犠牲となってくれているということは、よくよく考えてみる必要のある興味深い問題だと私は思います。

 

今後、象徴主義や耽美主義の芸術や、デカダン派の芸術の話もできたらと思っています。

 

以上、書き手は泉楓でした。

 

下画像【象徴派の代表的な画家 オディロン・ルドンの言葉と作品の模写】

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Franz Liszt <Les jeux d'eaux a la Villa d'Este> フランツ・リスト「エステ荘の噴水」

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 こんにちは、ねむろえみです。今日はリストのピアノ独奏曲集『巡礼の年 第3年』に収められている「エステ荘の噴水」について感じたこと、思ったことを書いていきます。

 前回書いた「水の戯れ」とやや比較しながら聴いてみました。最初の印象としては標題の通り噴水っぽさがすごく感じられる曲でした。噴水っぽさってなんだよと思われるかもしれませんが、これは聴いていただくのが一番分かりやすいです。冒頭からアルペジオトレモロによって噴水のきらきらが表現されているように感じられます。

 

曲の特徴、聴いてみた感想

 リストといえば、おそらくクラシックをよく知らない方も聴いたことがある「ラ・カンパネラ」が非常に有名ですよね。個人的にオルゴールの音が好きで、どんな音楽がオルゴールに適しているかいろいろと探していたことがあるのですが、「ラ・カンパネラ」はピアノはもちろんオルゴールの音とも相性が良い曲だと思いました。高音域のキラキラした感じがすごく合うと感じたからです。(ただ、オルゴールで実際に演奏できるかまで考えたことはないです。)しかし、綺麗な響きでありながら、単旋律に装飾音がたくさんついているので、弾くのがとても難しそうです……。私にとっては弾いてみようと思ったことさえないぐらい難しいですし、プロの方でもミスしやすい曲ではないかなという認識です。今回とりあげた「エステ荘の噴水」も、「ラ・カンパネラ」と同様にメロディーに対して多くの装飾音があり、弾くことを考えると「綺麗だな」なんて言っていられないほどの難曲に思えます。とはいえ響きが美しいですね。息の長いフレーズがリストらしく感じられますし、噴水のような水の動きを捉えている感じがします。そして、きらきら感だけでなく、しっかりとした存在感の主旋律などの単旋律の響きが心地良いです。ちなみにラヴェルよりメロディの輪郭がはっきりしているので歌えそうです。

 

風景描写でなく心理描写?

 調べてみたところ、『巡礼の年』には多くの標題が書かれていますが、どうやら絵画的な描写ではなく、「エステ荘の噴水」ならあくまでエステ荘の噴水を見ている人の心理描写をしているようです。訪れた場所の噴水を見て自分が感じ取ったものを曲にしたという感じでしょうか。私も似たようなことをやりたいと思ったことがあるのでなんだか嬉しくなりました。しかし、「水の戯れ」と比べるとこちらの方が映像として噴水が目に浮かぶ感じがあります。リストの曲ではあまり言われないかもしれませんが、初めて聴いたときは印象派的な響きのする曲で驚きました。ドビュッシーラヴェルに影響を与えたらしいですが、これには納得です。

 ちなみに、エステ荘というのはイタリアのティヴォリにある貴族エステ家の別荘で、庭園内には水オルガンの噴水やドラゴンの噴水、百噴水など、ギリシャ・ローマ時代のモチーフの噴水が500ほどあるようです。

  さらに調べてみたところ、リストは「標題音楽」という用語を音楽史上初めて生み出していることが分かりました。先ほどの説明ではわかりやすさを重視して「心理描写」と書きましたが、もう少し詳しく言うと、形象以前の根源的な存在である〈詩〉[Poesie]を音楽で表したものと考えるのが良さそうです。音を使った音楽の〈詩〉というわけです。次の項目ではちょっとややこしい標題音楽絶対音楽の話について書いてみます。

標題音楽絶対音楽

 クラシックを聴いていると、しばしば登場する用語ですが、どんな音楽を指しているのか分からないと思われている方もいらっしゃるのではないでしょうか。私も明確に分かっているわけではありませんし、人がどういう意味で使ってるのかまでは分かりかねるなと思っていて、混乱することがあります。しかし、リストについて調べてみると、私のように混乱する者がいるのも無理はないなと感じました。「標題音楽」[programmusik]という用語を音楽史上初めて生み出したのは、リストだったのですが(1855)、現在において指し示される〈標題音楽〉とは異なっていることが多々あるからです。そして、「絶対音楽」についても、現在で指すところの意味と、リストが活躍していた時代では異なることが分かりました。詳細は後ほど説明します。

 今言われる標題音楽とは一体どんなものを指すのでしょうか。本やネットでいくつかあったので、挙げていきます。

標題音楽とは

①タイトルの付いている音楽
②物語音楽
③情景の描写音楽

Wikipediaでは③を標題音楽として説明されていましたが、これら①~③の定義は誤解だとエヴェレット・ヘルム著『大作曲家リスト』(158頁)では言われています。この著書では、リストの意図した「標題音楽」についての記述もあるので、引用します。

リストの指す標題音楽とは

 リストの名づけた「標題音楽」は、標題(言葉の詩)を一種の序言として添えることで、音楽が表現している「詩的観念」を聴者に分かりやすく示した音楽のことだったのである。つまり、音楽の詩的観念と、言葉の詩的観念は一致するという考えが根底にある(128頁の訳注27参照)。したがってリストの場合、標題となっている詩の物語を具体的に音楽化しようとしたものではあり得ない。

エヴェレット・ヘルム著『大作曲家リスト』野本由紀夫訳、音楽之友社、1996年158頁

 訳注27についても興味深い話があるので引用しておきます。

[訳注27]
 音楽と詩の独特の関係は、ジャン・パウル(1763-1825)、フリードリヒ・シュレーゲル(1772-98)、ノヴァーリス(1772-1801)らドイツ・ロマン主義の重要な美学となっている。すなわち、すべての芸術には共通する〈詩〉[Poesie]があり、その〈詩〉は、そこから言葉が詩を汲んでくるような、形象以前の根源的な存在だと考えられた。したがって、言葉による詩の〈詩〉も、音による音楽の〈詩〉も、どちらもその〈詩〉は一致すると想定されていた。こうした前提なしには、リストがなぜ自身の管弦楽作品に「交響詩」という名称を付けたか、理解し難いであろう。

エヴェレット・ヘルム著『大作曲家リスト』野本由紀夫訳、音楽之友社、1996年128頁


 補足しておくと、「交響詩」もリストが創始したものです。上記の内容を踏まえると「交響詩」は「管弦楽による詩」であると解釈するのが良いでしょう。

 では絶対音楽について見ていきます。絶対音楽とは標題音楽の対峙として説明されることが多いですが、どういったものなのか確認してみます。Wikipediaでは「音楽そのものを表現しようとするような音楽をいう」とありました。詳細は語りませんが、これは19世紀後半にハンスリックが指した「絶対音楽」に近い定義です。

 彼は「音楽は内容以外に形式をもたない」と考え、無規定な感情に音楽美があるとはせず、感情と音楽的内容とを切り離した。

中略

 さらに彼は、音楽以外の芸術ジャンルと共有する「詩的」な性格や、キリスト教的性格とも、音楽の本質を切り離し、音楽の自律性を重視したのである。

福田弥著『リスト 作曲家人と作品シリーズ』音楽之友社、2005年 99頁-100頁


 注意したいのが19世紀前半のドイツ・ロマン主義は、絶対音楽の理念として宗教的性質を認めていました。つまり、リストの考え方は当時のドイツ・ロマン主義者たちの絶対音楽の理念にかなり類似していることがうかがえます。(標題があるかどうかの差はあったようですが)。

 読みながら頭の中で整理するのが大変ですね。本当はもっと詳細に語りたいのですが、字数がとんでもないことになるのでこのぐらいにしておきます。

宗教と音楽
 音楽の効能には何があるでしょうか。好きな音楽を聴いたら、癒やされたという経験はありませんか。音楽は、古代ギリシアのときからその癒やしの効果というものが注目されていました(心を鎮めるという意で)。アリストテレスの『詩学』以降ではその効果をカタルシス(浄化の意)と呼ぶこともあります。

 リストは宗教音楽を多く書いた人としても有名で、宗教音楽観に関する記述も残されています。

「音楽は本質的に宗教的であり、……有限と無限というふたつの世界の交わりに仕える以上に、音楽にふさわしい役割があるでしょうか」(1865年5月20日の書簡)、「芸術は宗教と別物ではなく、真の宗教、すなわちカトリックの、教皇の、ローマの宗教の明確なる具現なのです」(1868年8月1日の書簡)。

福田弥著『リスト 作曲家人と作品シリーズ』音楽之友社、2005年、40頁

 リストにとって死とは、生がもつ不本意な首枷からの解放・救済であり、それを和らげるものが宗教であった。そして音楽は本質的に宗教的なものであるから、この首枷からの救済という役割を担い、人間と神との仲介となる。したがって音楽は祈りを内包し、言葉だけでは不十分なものを充填すべきである。宗教音楽は生きている人にも、死した人にも光と贖罪を与え、高めるのである。このように、音楽はおのずから宗教的性格をもっているというリストの考え方を、理解しておく必要があるだろう。

福田弥著『リスト 作曲家人と作品シリーズ』音楽之友社、2005年、131頁-132頁

 「エステ荘の噴水」の曲の半ばに、ヨハネ福音書より引用された「わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命に至る水が湧き出る」(新共同訳)という標題があります。「エステ荘の噴水」を含め、『巡礼の年 第三年』は、晩年のリストの様式をはっきりと示していることが全体を通してうかがえます。「エステ荘の噴水」は『巡礼の年 第三年』の中では明るい曲でした。他の曲と並べて聴くと、相対的により明るく聴こえてきます。

余談

 リストの宗教音楽は決して保守的なものではありませんでした。保守的とされる教会音楽というジャンルにおいて、理解され難い前衛的な作品を出版しようとしていました。

 この曲には、この時期のリストが感じていた不安と悲しみ、諦念などが、イエスの受難とクロス・オーバーしながら、無調的な手段を駆使して表現されている。前章でも触れたように、彼にとって宗教音楽とは、生の苦しみからの解放、救済の役割を果たすべきものであった。つまり、リストにとって宗教音楽と無調音楽は表裏一体の関係にあったのである。

福田弥著『リスト 作曲家人と作品シリーズ』音楽之友社、2005年、169頁(「この曲」とは《ヴィア・クルチス》のこと)。


 そして、リストはドイツ的な理念を持っていましたが、教会旋法の導入をしています。これはフランスで提示された方法論であり、方法論としてはフランスに類似するものでした。音楽的な位置づけとしてリストは面白いところにありますね。

 

 いかがでしたでしょうか。引用したいところ満載で伝わりにくかったかもしれません。もっと詳しく書きたいこともありながら大分削ったのですが、美学的な話になるとついつい長く話したくなってしまいました。次の曲はもっと気楽に書きたいなと思います。(どうなるかわかりませんが)。

 

引用・参考文献

エヴェレット・ヘルム著『大作曲家リスト』野本由紀夫訳、音楽之友社、1996年

椎名亮輔 編著、三島郁、筒井はる香、福島睦美著『音楽を考える人のための基本文献34』アルテスパブリッシング、2017年

福田弥著『リスト 作曲家人と作品シリーズ』音楽之友社、2005年

ピティナ・ピアノ曲事典

 

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私の幸福論 第四部 番外編

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こんにちは、泉楓です。

 

『私の幸福論』と題して世界三大幸福論と呼ばれる著作を読んできて、私自身の考えも大きな影響を受けたなと感じています。

 

倫理学におけるひとつの定理。それはアリストテレスが提示した"人間の営為には目的があり、目的の最上位にある、それ自体が目的である最高善が幸福である"というものでした。

 

ひとは誰もが幸福になりたいと願っている。ヒルティの『幸福論』にも似たような箇所があるので引用します。

 

哲学的見地からはどのようにも反対できようが、しかしひとが意識に目ざめた最初の時から意識が消えるまで、最も熱心に求めてやまないものは、何といってもやはり幸福の感情である。

ー中略ー

ひとは勝手に「幸福説」を非難するがよい。しかし幸福こそは、人間の生活目標なのだ。人はどんなことをしてもぜひ幸福になりたいと思う。最も厳格なストア主義者でも、他の人々が幸福とみとめるものを断念することによって、彼の流儀で幸福を得ようとするのだし、極端に世をのがれようとするキリスト者でさえ、別の生活のうちに自分幸福を求めるのに過ぎぬ。また厭世家も結局、かれのひそかな誇りのなかに幸福を感じ、仏教徒は無、すなわち無意識のうちに幸福を置くのである。幸福の追求のように万人共通のものは、ほかにないのである。

 

ところが、ヒルティは上記のように語ったあとに、「幸福」という言葉に含まれる「憂鬱な」響きについて語ります。つまり、幸福について語ることからはすでに不幸の香りがすると。だから幸福とは本来、ただ無意識のうちにのみあるものだと。

 

こうした意見に対してヒルティはキリスト教的世界観のなかで答えを導いてゆきます。続いて『幸福論』から引用です。

 

われわれの考えは、それとは違っている。幸福は必ず得られるものだと信じている。もしそうでなかったら、むしろ沈黙して不幸を忍び、これを口にすることによってかえって不幸の自覚を深めない方がいいだろう。

ー中略ー

幸福についてなにがしかの誤った観念でさえ、時には必要であるように思われるのも確かである。そうでなければ、個人も社会も、本当の幸福の基礎としてぜひ必要な程度の精神的および物質的発展に達することができないであろう。

 

ヒルティはここに「幸福の問題の最大の矛盾」を見出すのです。「本当の幸福」を得るためには、必要充分な程度の精神的および物質的発展がなければならない。しかし、その発展のためには幸福が必要なのである。未だ得ることのできない幸福を得るために幸福が必要だということ。

 

「われわれは自分自身の経験によって、幸福をもたらすことのない多くのものを、あらかじめ知っておかねばならぬ。」と前置きした上で、彼はダンテの『神曲』の一節を引用します。

 

*ダンテ「神曲」煉獄編、第二十七歌。

 

いとも多き枝によって死ぬばかりの人のあこがれ求める甘い果実は、

今日こそきみが願いをことごとく癒すであろう。

………

登り行こうと願うわが心いやまされば、

そのあと、わたしは翼が生えて飛び行く心地がした。

 

厭世家が言うように、この世界は苦しみに満ちており、まことの幸福の生活など望み得ないかもしれない。「願いに願う心」にも、そしてまた正しい道にあって「魂に紫の翼が生えた」(悪魔の魂)ように感ずるこの感情にも、すでに真実の幸福がないのなら、彼の厭世説は正しいかもしれない。

 

幸福の状態は私たちの理解の外にある。この世の中では幸福な生活を送ることはできない。これを認めながらもヒルティは強調するのです。

 

「われわれはなお幸福に到達し得るのである。」

 

力強い言葉ですね。信仰の本質が垣間見える気がします。ヒルティの『幸福論』において多用されるこの論理。真実には誰も到達し得ないが、真実は神と共にあり、私たち人間がそれを強く望むならば神はいつも私たちの中にいるということ。

 

いつの時代においても、どのような状況であっても望み得る幸福とは「未来への希望」ではないでしょうか。

 

未来を予知するほど賢くはなく、過去を忘れるほど愚かでもない。知っているかのように未来を語るものは傲慢であり、過去を省みらぬものは愚盲であると言われる。

 

悩ましい私が少しでも成長するためには、誤ちであったとしても何かを経験するしか他に道はない。その道程で耐えきれないほどの苦痛を感じたときには、何か大きなものに身を預けてみるのも悪くはない気がします。

 

今回はここまで。書きたいことは溜まっている一方で、ヒルティの著作をまとめるにはまだ読み込みが足りないと感じています。経験のないものについて理解するのには時間が要るものだなぁと思いつつ、何か更新したかったので、今回のような記事になりました。それでは、おやすみなさい。

 

私の幸福論 第四部 第一章

 

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幸福、それは君の行くてに立ちふさがる獅子である。たいていの人はそれを見て引き返してしまう。ーカール・ヒルティ

 

こんにちは、泉楓です。幸福論も第四部まできて、ついにヒルティの『幸福論』に及びます。ヒルティの幸福論を読み、「私の幸福論」として解釈をしていくなかで、私は思いました……。

 

「普段の考え方と違いすぎる!」

 

はい、ヒルティはスイスで生まれ育った敬虔なクリスチャンです。大学では哲学や法学を学び、卒業後は弁護士として職務に励みます。二十三歳の頃はスイス軍の歩兵将校として法務に就きました。四十歳でベルン大学教授となるまでの間に、彼は哲学的探究と信仰心の狭間で頭を悩ませます。

 

神、キリスト、および眼に見えるものとならんで存在する眼に見えない世界と、その世界の秩序を信ずることは、最初は決断の行為であり、多くの人間にあっては、絶望の行為といっていいほどのものである。このような不可思議な存在が真理であり、必然であることが、哲学的になっとくゆくまで待とうとすれば、ひとはけっして信仰にいたることがないのだ。ー白水社 アルフレート・シュトゥッキ著 『ヒルティ伝』より

 

神が存在し、その被造物として存在する世界。この世界の秩序が「神によってもたらされた秩序である」と信じることが信仰の始まりなのだとしたら、それは決断の行為であり、多くの人間にあっては、絶望の行為といっていいほどのものである"と彼は言っているのです。

 

絶望の行為……。哲学的に納得のいく真理を待たずに、世界への認識を信仰に委ねるということ。これは幼い頃からクリスチャンだったヒルティ自身にとっても深い問題だったのでしょう。逆に言うならばそれは、ヒルティは初めから信仰心を、一切の疑いもなく持っていたわけではないということ。彼自身の知性によって慎重に吟味したのちに、それを受け入れたということではないでしょうか。

 

もっともすぐれた哲学といえども、きまって不安におびえているか、それとも悲観主義的である。なぜならば、哲学は、あらゆる場合に十分に働きうる、あるひとつの力の存在をこそ信ずることができない、が、この力によってのみ平和が獲得されるのである。ー同上

 

一八六三年十月は、今まで多くの幻滅や、ふかい悩みによって成熟してきたわたしの精神が、あらたなる深化をもとめはじめた時である。わたしの精神はエルヴェシウスから出発して、あらゆる哲学をとおる大まわりの道の末、すでに一八五三年に予感的にとらえられた、唯一の真なる理念へとかえったのである。ー同上

 

ここに表された"あるひとつの力の存在""あらたなる深化"とは他でもなくキリスト教において表された真理、"唯一の真なる理念"、すなわち神、ではないでしょうか。

 

そう、ヒルティの幸福論の底には常に神への信仰があります。それゆえに日本で生まれ育った私にとって容易には理解できない考え方をしています。それは神がたしかに存在しているということ。神は真なる理念を基にこの世界を創造されたということ。

 

哲学の世界では、しばしば二項対立の問題が議論の場に躍りでてきます。相対主義か絶対主義か。経験主義か合理主義か。善悪、美醜、真偽など。神を概念として扱い、哲学的に語るならば、これらの対立を超えた存在が神となります。神はあらゆる対立を判断することができる唯一の存在なのです。そこに論理があるにしろないにしろ、神は論理を超えた判断が可能だというのです。私たち人間は神の論理が(あるとするならば)理解できないので、人間があらゆる事物を判断することは傲慢な行為ということになります。

 

神について議論すること自体を禁ずる信者もいるようですが、ヒルティは少し違います。神は存在するにしても私たち人間の自由意志がないとは考えていないようです。神の言葉、つまり聖書に記された預言は素晴らしいが、私たちはそれをよく吟味し心からそれを正しいと感じることで正しい信仰を授かることができると考えているようです。

 

神を唯一絶対の存在だと考えるキリスト教の教義は、常に「独断的ではないか」という批判に晒されていると言っていいでしょう。たしかに他の矛盾した論理に対して議論の余地なく偽であると断じる他ないそれは独断的です。しかしヒルティの考えを読んでいるうちに、ヒルティの信ずる神と真理は私たちが抱いているイメージとは少し違うように思えてきたのです。

 

私は前回の幸福論、第三部の最後に次のように語りました。

 

不幸の原因を遠ざけ、幸福の要因に自ら歩み寄っていく。確かに多くの人はこの実践的なプロトコルに従っていれば幸福になれるのかもしれません。

 

しかし、この世界にはそのプロトコルを機能不全に陥れてしまうような不条理な出来事が溢れていませんでしょうか。

 

生まれつき戦争の渦中にいる者、生まれつき飢餓状態にある者、生まれつきあらゆるチャンスが奪われている者。

 

生きづらい、悲しみや苦痛に覆われて前も見えないという人々が、この世界には存在していると思います。ラッセルやアランも言っているように、世界全体が幸福でなければ、私が真に幸福になることはできません。それは逆も然りです。

 

ラッセルやアランが示した幸福論には限界があるのではないか。論理的に徹底して考えられた幸福論はとても素晴らしいが、いついかなる時にも人は幸福になれると示せたのだろうか。

 

幸福になりたいと切実に願うすべての人にとって、もしかして「幸福な人」というのは「不安のない人」ではないのか?という疑問は拭いきれない問いとして存在しているのではないでしょうか。いついかなるときも、全く不安のない人というのは「幸福な人」かもしれませんが、はたしてそのような人は存在しているのでしょうか。

 

わからない。結論は出ないのです。私たち人間は有限ですが、不安は無限につきまといます。どんなに理論武装を施そうとも、他者は私たちに疑問を投げかけ私たちを仄暗い不安の底に落とすのです。

 

ならばどうでしょう。神を信じてみても良いとは思いませんでしょうか?神の示した啓示や忠告、私たちに与えられた行動規範が私たちから不安を取り除いてくれるのならば、信仰も割合悪いものではないと思いませんでしょうか?

 

ヒルティほどの知性の持ち主が、充分に吟味した上で信仰こそが大事であるという結論を出したことは見逃せない事実です。私の胸には、キリスト教の教義が素直で慎ましやかな信仰心をよしとしたのには理由があるのだろうということが、もはや疑われない事実としてあります。

 

本日はここまで、次章からはヒルティの『幸福論』の原典にあたりながら、静かで穏やかな幸福を追求していこうと思います。「現代の預言者」とまで評されるヒルティの言葉たち。人生で重要なのは「中庸の精神」である、とはよく言われることですが、ヒルティの言葉は行き過ぎた極端な思想に対して、まるで意思的に、その均衡を保つために存在しているような気がします。ではまた。

 

人生の幸福は困難に出合うことが少ないとか、まったくないということにあるのではなく、むしろ、あらゆる困難と闘って輝かしい勝利を収めることにある。

 

人間の最も偉大な力とは、その一番の弱点を克服したところから生まれてくるものである。ーカール・ヒルティ

小林秀雄の『人形』

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私の実感から言えば、ゴッホの絵は、絵というよりも精神と感じられます。私が彼の絵をみるのではなく、向こうに眼があって、私が見られている様な感じを、私は持っております。ー小林秀雄ゴッホの病気』より

 

人は自らの主観世界に生き、ついにはそこから出ることも叶わずに幕引きを迎えます。客席に並んでいるのは客観世界。私たちは彼らに対してどのような態度を取るかで、その人生という舞台をどう演じるかという問題に多様な応えかたをしているのです。ある者はそれを他人事として割り切り、自らの演技の内側に深く潜っていく。またある者はそれを常に意識して、外側へ向かい涯のない問いかけを繰り返している。他者の視線、視座に関しては多くの哲学者がその問題に挑んできた歴史があります。時にそれは私を殺害しようと企む脅威として、時にそれは私が一体となりたいと願う欲求の対象として、時にそれは自然と同質のものとして浮かび上がるのです。

 

どうして他者が問題となるのでしょうか。それは私たちが他者と他者の関係性の総体であるところの社会に属して生きているからです。人間は自然界を切り取り、そこに社会を形成していますが、それは実体を持たない存在です。私たちは不安という形で、もしくは期待という形でそれを想像しているのではないでしょうか。

 

こんにちは、泉楓です。前置きが長くなりましたが、ここから本題に入っていきます。

 

小林秀雄の『人形』は昭和37年10月、彼が60歳の時に朝日新聞の紙面に掲載された文章です。ここでは私が概略をお話させてもらいますが、親しみやすい文体で書かれている短い随筆なので、みなさんにも是非読んでいただきたい名文です。斜体部は本文をそのまま引用しています。

 

或る時、大阪行の急行の食堂車で、遅い晩飯を食べていた。四人掛けのテーブルに、私は一人で坐っていたが、やがて、前の空席に、六十恰好の、上品な老人夫婦が腰をおろした。

 

ある時。小林秀雄が食堂車で4人がけのテーブルに座って晩ご飯を食べていると、彼の前に60代くらいの老夫婦がやってきて座った。老夫婦からは上品な印象を受けたが、一段と目を引くのは夫人が傍に抱えた大きな人形だった。人形の見た目は形容しがたいもので、食事の席に現れた周囲と不釣り合いな存在は、普通ならば驚いて声を上げてしまうような見た目だったのだろうと思われます。

 

……人形は、背広を着、ネクタイをしめ、外套を羽織って、外套と同じ縞柄の鳥打帽子を被っていた。着附の方は未だ新しかったが、顔の方は、もうすっかり垢染みてテラテラしていた。眼元もどんよりと濁り、唇の色も褪せていた。何かの拍子に、人形は帽子を落し、これも薄汚くなった丸坊主を出した。

 

夫人が目くばせすると、旦那が帽子を拾いあげます。帽子を拾う際に旦那と小林秀雄の目が合います。おそらく彼は、この奇妙な光景をどのように了解しようかと見ていたのだろうと思います。すると旦那は"子供連れで失礼とでも言いたげなこなし"で会釈をし、帽子を窓の釘に掛けたといいます。これを受けて彼は次のように語ります。

 

……もはや、明らかな事である。人形は息子に違いない。それも、人形の顔から判断すれば、よほど以前の事である。一人息子は戦争で死んだのであろうか。夫は妻の乱心を鎮めるために、彼女に人形を当てがったが、以来、二度と正気には還らぬのを、こうして連れて歩いている。多分そんな事か、と私は想った。

 

この文章が書かれたのが昭和37年、終戦が昭和20年のことなので、この話は戦争の傷痕が消え切っていない日本での出来事だと思われます。小林秀雄は人形の見た目から事情を察して"人形は息子に違いない"と判断したのです。

 

夫人は運ばれてきたスープをすくい、いちど人形の口元に持っていってから自らの口へ入れています。小林秀雄はバター皿を手前に引き寄せていたことに気づいて、バターをひとかけら取って彼女のパン皿に載せました。彼女はまるで本物の息子の世話をするように人形へ気を遣っているので、彼の気遣いには気付きません。「これは恐縮」と代わりに旦那の方が礼を言います。

 

そんな折、この不思議な会食の場に、もうひとりの客が現れるのです。

 

……そこへ、大学生かと思われる娘さんが、私の隣に来て坐った。表情や挙動から、若い女性の持つ鋭敏を、私は直ぐ感じたように思った。彼女は、一と目で事を悟り、この不思議な会食に、素直に順応したようであった。私は、彼女が、私の心持まで見てしまったとさえ思った。これは、私には、彼女と同じ年頃の一人娘があるためであろうか。

 

息子に構いながら食事を進める夫人の様子を見て、小林秀雄は考えます。もしかしたら彼女は正気なのかもしれない。彼女は身について離れない習慣を繰り返しているだけではないのか。この記事を書いている私や、読んでいるあなたが、他人には解らない癖を身につけて毎日を繰り返しているのと同様に。

 

しかし、これまでの習慣が身につくまでには時間がかかるものです。彼女は今日まで周囲の浅はかな好奇心"と戦い続けてきたということになります。

 

それほど彼女の悲しみは深いのか。

 

異様な会食は、極く当り前に、静かに、敢えて言えば、和やかに終ったのだが、もし、誰かが、人形について余計な発言でもしたら、どうなったであろうか。私はそんな事を思った。

 

……以上が小林秀雄の『人形』でした。

 

私が初めてこの話を読んだのは、20歳前後の頃だったと思います。ブックオフで適当に見繕った古本の中に、小林秀雄の『考えるヒント』がありました。

 

この短い随筆文を読んで、当時はよくわからなかったと言いますか……「なんだこれで終わりか」「この話をして作者は何を伝えたいのだろう」と感じたのを覚えています。しかし、どこか未知の魅力に惹かれる感覚はありました。ここに表されている何かを知りたい、経験してみたいという欲求、そして懐かしさと言うと違うかもしれませんが、どこかで似たような経験をしたことがあるかもしれないという感じを受けました。

 

今読み返してみると、これは他者との関係の難しさや奇妙さ、言いようのないような不思議な事を表現しているのだと飲み込むことができています。いやはや、何も変わってないと思っていても人は変わるものですね。

 

私たちは常に見られています。こういうと少し怖いかもしれませんが、大抵は暴力的ではない目線の網のなかに暮らしています。このことは私たちを不安にさせますが、こういう「他者の視線」があることで「倫理」という概念が社会秩序を保つために働くことができるのです。

 

この記事の冒頭でも述べたように、私たちが他者に対してどのような態度を取るかで、人生は様々な表情をみせてくれます。

 

今回紹介した『人形』は著者である小林秀雄の主観で描かれています。すべては彼の視線、思考、判断に依存しており、私たちは文を読むことでその中に投げ入れられるわけですが、私たちは彼の言葉に対して他者の視線を向けているのと同時に、彼の言葉からも他者の視線を受けています。

 

彼が老夫婦や人形や女子学生に対して行った批評と判断は、彼が勝手に作り上げたもので、実際のところはよくわからないのです。しかし、女子学生と彼はどこかで通じ合っているように見えます。

 

女子学生は何かを感じ取って、自分の取るべき行動を選択した。小林秀雄はその態度に対して感銘を受けた。そして彼の心持ちまで見られたように思ったわけです。

 

そして"異様な会食は、極く当り前に、静かに、敢えて言えば、和やかに終った"のでした。

 

もし誰かが、他人の心に無関心で、人形に対して何か口を開いたとしたら。自分の脳裏に浮かんだ批評や判断をそのまま言葉にするようなことをしたら。いったいどうなっただろうか……。

 

小林秀雄はそのことを読者に考えてほしいと思ってこの作品を書いたのではないでしょうか。

 

最後に、あなたはこの話を聞いてどう思ったでしょうか。物言わぬ人形があなたを見つめているのです。

 

自分自身と和する事の出来ぬ心が、どうして他人と和する事が出来ようか。そういう心は、同じて乱をなすより他に行く道がない。ー小林秀雄『私の人生観』より

私の幸福論 第三部

浪費するのを楽しんだ時間は、浪費された時間ではない。

バートランド・ラッセル イギリスの哲学者、論理学者、数学者(1872〜1970)

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こんにちは、泉楓です。幸福論も三回目ですね。今回はいよいよラッセルの幸福論。ラッセルと言えばノーベル文学賞の受賞者としても有名です。若い頃は数学の研究に没頭。数学から論理学、論理学から哲学に興味を移し、晩年は政治の世界にも多大な影響力を持つ知識人として、数多くの名著を残しました。今回取り上げる『幸福論』はもちろん、『結婚と性道徳』や『哲学入門』など、わかりやすくて深遠な著作がたくさんあります。また彼は核廃絶運動家としても有名です。彼が物理学者アインシュタインと協力して発表したラッセル=アインシュタイン宣言は、人類の科学に対する向き合い方を議論するパグウォッシュ会議の開催に繋がりました。

 

多才で活動的なラッセルが著した『幸福論』がいったいどのような内容なのか。現代の私たちの考え方の参考になるのか。さっそく考えていきましょう。

 

ラッセルの人柄とラッセルの論理学

 

ラッセルは幼い頃に父を亡くし、厳格なプロテスタントである祖母から厳しく育てられたといいます。その頃を振り返ってラッセルは次のように語るのです。

 

徳のみが、知性や健康や幸福や、あらゆる現世的善を犠牲にした徳のみが、賞賛された。

『自伝的回想』より

 

祖母から押し付けられた価値観や道徳に対して強い反感を抱いていた彼は、だんだんと数学の世界に没頭するようになり、"合理的に考えること"を自らの理念として確立していきました。

 

自らの理性を信じ、自らの行動規範を自ら考え、道を見出す。これはラッセルの思想の核となっているのだなと私は感じました。

 

彼は幸福についても合理的に考察していきます。まず不幸の原因となる事柄を洗い出し、列挙する。そしてそれらを克服すれば幸福になれると考えたのです。

 

ラッセルが挙げた不幸の原因が次の八項目です。

 

  1. バイロン風の不幸(悲観主義
  2. 競争
  3. 退屈と興奮
  4. 疲れ
  5. ねたみ
  6. 罪の意識
  7. 被害妄想
  8. 世評に対するおびえ

 

続いてそれぞれの対処法を見ていきましょう。(項目はそれぞれの数字に対応しています。)

 

  1. 楽観的な行動によって思考をコントロールする
  2. 他者との比較を止め、取り組んでいる活動を純粋に楽しむ
  3. 過剰な興奮を求めず、退屈を肯定する
  4. 疲れは精神的な心配が原因なので、客観的に物事を捉え直すことで、あらゆる心配が杞憂であることに気付く
  5. 比較は無意味であると知り、自分の好きな物事に没頭する
  6. 他者から与えられた道徳観念に価値はないと知り、自らの理性を信頼する
  7. 物事が上手くいかないことの原因を他者に求めても一切解決しないと知る
  8. 不必要に世評に耳を傾けない。また個々人が真の幸福を探究し、満足することで、他者に苦痛を与えることを主な楽しみとしない寛容な個人を増やす

 

合理的に考えるラッセルらしい列挙と回答ですね。不幸の原因をひとつひとつ検討しています。私はここからラッセルの幸福についての考え方を抽出していこうと思います。

 

ラッセルは不幸の原因第七項の「被害妄想」を解決する思考方法として、次のようなことを指摘しています。

 

  1. 「あなたの動機は、必ずしもあなた自身で思っているほど利他的ではないことを忘れてはいけない」
  2. 「あなた自身の美点を過大評価してはいけない」
  3. 「あなたが自分自身に寄せているほどの大きな興味を他者も寄せてくれるものと期待しない」
  4. 「大抵の人は、あなたを迫害してやろうと特に思うほどあなたのことを考えているなどと想像してはいけない」

 

ラッセルは他者を冷静に観察をしているということがわかるでしょう。理屈で考えれば、他者の心とは不可知なる存在です。不可知なる存在である他者の心について、あれこれと想像したり推論することはあまり意味がないと考えていたようですね。「周りがどう思うか」よりも、「わたしがどう考えるか」の方に価値を置いていたことがよくわかります。

 

ラッセルは「心の分析」という著書のなかで「世界五分前仮説」という思考実験を提出したことでもよく知られています。ラッセルは知らなくても、この思考実験なら知っているという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

世界が五分前にそっくりそのままの形で、すべての非実在の過去を住民が「覚えていた」状態で突然出現した、という仮説に論理的不可能性はまったくない。異なる時間に生じた出来事間には、いかなる論理的必然的な結びつきもない。

 

それゆえ、いま起こりつつあることや未来に起こるであろうことが、世界は五分前に始まったという仮説を反駁することはまったくできない。

 

したがって、過去の知識と呼ばれている出来事は過去とは論理的に独立である。そうした知識は、たとえ過去が存在しなかったとしても、理論的にはいまこうであるのと同じであるような現在の内容へと完全に分析可能なのである。

 

バートランド・ラッセル著「心の分析」より

 

この思考実験によりラッセルが述べたいことは、経験した事柄に対してわたしたちが独断的に考えたり、推論したりしていることは実は誤りかもしれない、ということかと思います。

 

「太陽は東から昇って西へ沈む」という事柄の信憑性を裏付けるものとは、わたしたちの経験以外の何物でもありません。では同じように「太陽は地球の周りを回っている」という事柄を考えてみると、どうでしょうか?

 

地球に住んでいるわたしたちの経験から推測すると、太陽はわたしたちの頭上を回っていると考えるのが妥当だと思いませんか?

 

しかし、わたしたちは「太陽という恒星の周りを地球を含む惑星が回っている」という知識を持っているので、「太陽は地球の周りを回っている」という事実は誤りだとわかります。

 

このように考えると、現代に生きるわたしたちが、無意識のうちに科学を信頼し、時にはわたしたち自身の経験より客観的事実を優先しているということに気づくことができますね。

 

ラッセルは経験則として得られる様々な知恵よりも、自らの理性によって考えられた合理的な結論を重要視しています。

 

例えばあなたが自分より年上の人から「私のほうが経験が豊富なのだから、私の意見に従いなさい」と言われたとしても、あなたの理性が「従うべきではない」とあなたに語りかけるのであれば、あなた自身の考えを優先させても良いということです。

 

ラッセルの幸福観

幸福の秘訣はこういうことだ。あなたの興味をできるかぎり幅広くせよ。そしてあなたの興味を惹く人や、物に対する反応を敵意あるものでなく、できるかぎり友好的なものにせよ。

 

ラッセルは自己の内部と外部では、外部に重きを置いています。自己の内部に傾倒しすぎると「自己没頭」「ナルシシズム」「誇大妄想」によって自分自身を苦しめることになると言うのです。

 

論理的に考え得る対象はいつも外側、客観的世界にあるものです。わたしたちの世界、独我論的世界から抜け出すための道具は、言葉と記号による論理的思惟なのかもしれません。

 

対してわたしたちが「心」と呼んでいる対象、「私」、「あなた」と呼応する際にわたしたちが指向している何かについては、合理的に考えようとすればするほど泥沼にはまっていくような気がします。

 

ラッセルは「幸福な人」は「私心のない興味」を持っていると分析しています。また他者に対しては正しく愛情を持ち、「努力と諦め」を心得ていると語っているのです。

 

最上のタイプの愛情は、相互に生命を与えあうものだ。おのおのが喜びをもって愛情を受け取り、努力なしに愛情を与える。

 

賢人は、妨げうる不幸を座視することはしない一方、避けられない不幸に時間と感情を浪費することもしないだろう。また、それだけなら避けられるような不幸に見舞われたとしても、もしもそれを避けるのに必要な時間と労力がもっと重要な目的の追求を妨げるようであれば、進んでその不幸を甘受するだろう。

 

自分自身の理性を信頼する。それは他者についても同じことです。皆それぞれが自分自身の理性を信頼し、自ら考え自ら行動している。実際の所はどうかわかりませんが、そのように信じることで他者を愛することも、自身を愛することも可能になります。相手の人格を尊重し、相手を単に手段としてみなさないということ。これはアランの幸福論にも共通した考え方ではないでしょうか。

 

さて、ここまでアランとラッセルの幸福論を読み解いてきましたが、ここに批判を加えるとしたらどのような批判が可能でしょうか。

 

両者とも、実践的な幸福論を展開しています。それは幸福が現世的なものであり、語り得る範囲でしか存在していない、という前提で論を展開しているからです。

 

不幸の原因を遠ざけ、幸福の要因に自ら歩み寄っていく。確かに多くの人はこの実践的なプロトコルに従っていれば幸福になれるのかもしれません。

 

しかし、この世界にはそのプロトコルを機能不全に陥れてしまうような不条理な出来事が溢れていませんでしょうか。

 

生まれつき戦争の渦中にいる者、生まれつき飢餓状態にある者、生まれつきあらゆるチャンスが奪われている者。

 

生きづらい、悲しみや苦痛に覆われて前も見えないという人々が、この世界には存在していると思います。ラッセルやアランも言っているように、世界全体が幸福でなければ、私が真に幸福になることはできません。それは逆も然りです。

 

今回はここまでにします。次回からはヒルティの幸福論を読み解きながら、より普遍的な幸福に迫っていけたらと思っています。ではまた。

 

個人的な目的が人類のためのより大きな希望の一部であった場合は、たとい挫折したとしても同じような、完膚なきまでの敗北ではない。

 

幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味を持っている人である。また、こういう興味と愛情を通して、そして今度は、それゆえに自分がほかの多くの人々の興味と愛情の対象にされるという事実を通して、幸福をつかみとる人である。

 

バートランド・ラッセル『幸福論』より

バートランド・ラッセル「神について」YouTubeより。

https://youtu.be/QyNdl00sLSk

おまけ。参考までに。